1000Hit記念SS
【SS】雨、逃げだした後
Written By MORITA
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【SS】雨、逃げだした後
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ザアァァ…
「まいったなぁ…」
教室の窓から外を眺めて、アスカはひとり呟く。
その日、昼から第三新東京市に降り始めた雨は、下校時刻になってもいっこう
に止む気配を見せなかった。
「やっぱり、シンジの言うとおり、傘持ってくればよかった」
ほおづえを付きながら、朝の会話を思い出す。
『アスカ、今日午後から雨だってさ。傘持っていったほうがいいよ』
『アンタ、バカァ? こんなにいい天気だってのに、どこに傘の必要があるの
よ』
『だって、天気予報じゃ…』
『予報なんだから、外れるわよ。ほら、さっさと行くわよ!』
その時はシンジの頑固さに呆れたが、今にして思えば頑固は自分のほうだった
のかもしれない。
「あーあ…」
アスカは首を巡らす。視線の先はシンジの席。もっとも本人はとっくに下校し
てしまっている。「ちょっと急ぐから」と言って、授業が終わるとそそくさと出
ていってしまった。
もし雨が降っていたら、シンジの傘に入れてもらおうか、とも考えていたのだ
が…。
『ねえ、シンジ。傘入れてよ』
『ほら、言っただろ? 傘持っていったほうがいいって』
『わかったからぁ。ね? お願いっ』
『しょうがないなぁ…』
そんな計画も、今ではただの空想。
「あーあ…」
溜め息まじりにもう一度呟くと、アスカは机にうつ伏せた。
(早く止みますように…)
「アスカ、まだ残ってるの?」
日誌を提出したヒカリが声を掛ける。もう教室には、アスカとヒカリの二人し
かいない。
「だって、まだ雨止んでないじゃない」
「アスカ、傘持ってこなかったの? 天気予報見なかった?」
すこし呆れ顔で尋ねるヒカリ。
「ヒカリまで、シンジみたいなこと言わないでよぉ」
「あたし、もう帰るけど、傘入ってく?」
その言葉に、アスカの顔がパアッと明るくなる。
「さあっすがぁ!やっぱりヒカリはあたしの親友ねっ!」
そんなアスカの態度に、ヒカリもクスクスと笑いだす。
「じゃ、出ましょ。教室も閉めちゃうから」
「うん」
そして二人は、教室を後にした。
女同士のたわいのない話をしながら雨のなかを歩く二人。
「それでね…」
と、話しつづけるアスカの声が、急に止まった。そしてそのまま立ちつくす。
「どうしたの?」
急に立ち止まったアスカに、ヒカリが話しかける。
アスカが見つめている方向に目を向けると、そこには…、
「え、あれ…?」
そこには、今のアスカとヒカリのように、一つの傘の下、並んで歩く1組のカッ
プルが居た。
この雨のなか、その光景自体は珍しいことではない。だが、見知らぬ女の子と
歩いている男性は、
「碇君…?」
そう、その後ろ姿は、二人のよく知っている…。
「…へぇー、シンジもすみに置けないわねぇ」
その言葉にハッとしたヒカリは、アスカの顔を見る。
「こりゃあ、今夜は、ミサトと一緒に尋問ね。気付かれもしないでどうやった
のかしら」
ポンポンと言葉を紡ぐアスカ。その顔はこころなしか強張っているようにも見
える。
「アスカ、あの…」
恐る恐る声を掛けるヒカリに、アスカは目も合わせないで言った。
「あっそうだ! 今日はちょっと急ぐんだっけ。ヒカリ、ありがと。あたしこ
こから走るから」
「え!? ちょっと、アスカ!?」
「じゃ、また明日ね! バイバイ!」
そしてアスカは、後ろも振り返らずに走りだした。
「アスカ…」
降りしきる雨のなか、ヒカリは親友を見送るしかなかった。
アスカは前も見ないで走る。
雨で濡れた制服が肌にまとわりつく。靴のなかに水がたまって気持ち悪い。
それでもアスカは走りつづける。でないと、あの光景を思い出してしまいそう
だったから。
「ハァ、ハァ…」
通学路の途中にある小さなお店の前で、ついに息を切らせて立ち止まった。
定休日らしくシャッターが降りている。小さなひさしの下で、そのまま雨宿り
をする。
「………」
何も考えられないくらい惨めだった。
雨に濡れたことが、ではない。シンジの本当の気持ちに気付かずにいた自分が、
あまりに滑稽だった。
シンジは自分のことを見てくれているのだと思っていた。それが当然だと考え
ていた。でも、それは、
「全部、あたしのカン違い…」
シンジは自分のことを見てはいない。いや、「見て」はいるだろうが、それは
ただ、上っ面を眺めているに過ぎない。
もっと深く見ている相手は、他にいたのだ。
「あたしじゃ、ないんだ…」
頬を濡らす水は、生暖かかった。
「アスカ、こんな所に居たんだ」
あれからどれくらい過ぎただろうか。名前を呼ばれて、アスカは我に返った。
前に立っているのは、シンジ。一人だ。
「びしょ濡れじゃないか。風邪引くよ」
シンジは、ポケットからハンカチを取り出すと、アスカの顔を拭こうと手を伸
ばしてきた。
バシッ
その手をアスカは払いのける。
「触んないでよっ!」
目を丸くしているシンジに、アスカは言い放つ。
「なにするん…」
「傍に来ないで! アンタなんか、どっか行っちゃいなさいよ!」
「どうしたんだよ、アスカ?」
「なんとも思ってないくせに、優しくなんかしないでよ!」
訳が分からないという顔をしているシンジ。その仕草がアスカの気持ちを逆撫
でる。
と、その時、ヒカリと帰っているときに見た、あのカップルが二人の傍を通り
すぎた。
「!?」
傘の下、歩いているのは、確かにあの時見た男性。でも、シンジは自分の目の
前に居る。
交互に見比べるアスカ。
「あ、あの人、だれ?」
「え? さあ、知らないけど…」
(そういえば、見たのは後ろ姿だけ。じゃあ…、)
キョトンとした顔で自分の前に立っているシンジ。あの男性は、シンジではな
い。
(じゃあ全部、こっちがあたしのカン違い?)
さっきまでの落ち込みが、急にバカらしく思えてきた。
「プッ、ククッ、…」
笑いがこみ上げてきたアスカは、そのまま笑いだす。
「アハハハ…」
すごい剣幕で怒っていたアスカが急に笑いだしたので、シンジはオロオロして
いる。
そんなシンジの傍で、アスカは笑いつづけた。
一つの傘の下、一組のカップルが並んで歩く。
男の方が話しかける。
「アスカ、ごめんね。今日、僕、先に帰っちゃってさ」
女の方が尋ねる。
「そういえば、シンジ、今日急ぐって言ってたわよね。何かあったの?」
その問いに、シンジは、「これだよ」と言って、ぶら下げていた箱を差し出す。
「なあに?」
「『シフォンヌ』のケーキ。アスカ、食べたいって言ってたろ?」
「えっ!? わざわざ買いに行ったの!?」
ケーキショップ、『シフォンヌ』。使徒迎撃用の要塞都市である第三新東京市
には珍しい、瀟洒なお店。そのため常に長蛇の列ができる店としても有名である。
この店のどんなケーキを食べたか、というのが、女子のあいだでのステイタス
にもなっている。
「かなり並んだんじゃない?」
「1時間くらいかな? 結構早めに着いたと思ったんだけどね」
シンジは話を続ける。
「それで今日、アスカ、傘持っていかなかったでしょ? だから、まだ学校に
居るかなと思って、一度学校に戻ったんだ。けど、教室の明かりが消えてた
から、帰り道、捜しながら来たんだ」
喋るシンジとは反対に、アスカは何も言わない。
(自分のことをこんなに考えてくれている)
(上っ面だけではない。シンジが深く見ている相手は、まぎれもない自分)
そのシンジの気持ちで、胸がいっぱいなのだ。
「アスカ、大丈夫? 風邪引いたんじゃない?」
アスカからの返事がないので、シンジは心配気味だ。
そんなシンジに、アスカは心から微笑む。
「ね、早く帰って食べましょ。今日はあたしがお茶入れるから」
「え? いいよ、僕がやるよ」
「あたしだってお茶くらい入れられるわよ。今日はやらせてよ」
お茶くらいと言っても、やっぱりシンジにはかなわないかな、とアスカは思う。
でも、多分、今日はおいしく入れられると思う。そんな気がする。
いつしか、雨は上がっていた。
(終わり)
FJTの感想
「鉄コン筋クリート」仲間のMORITAさんから1000Hit記念いただきました!
ありがとうございますm(__)m
謎の相合い傘のカップルをシンジと勘違いして嫉妬しているアスカ。
でも、それだけシンジのことを想っている証拠ですね。
よかったね。シンジと相合い傘ができて(^^)
MORITAさんへ感想メールはCXZ00212@nifty.ne.jpまで
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