【SS】あたしの頼る人,僕の護る人
Written By MORITA
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【SS】あたしの頼る人,僕の護る人
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プロローグ
「あ、ヒカリ〜?あのさぁ、今日の宿題でちょっと分からないところがあるん
だけど…」
アスカの部屋から声がする。どうやら今日の宿題のことで、委員長に相談の電
話をしているようだ。
「…問題の意味はともかく、シンジにコブンやカンブンが解けるわけないでしょ
…。うん、うん、わかった。じゃあ、これから行くね」
トントン
僕の部屋の襖を叩く音がする。アスカだ。
「どうぞー」
スラッと襖を開けて、アスカが顔を出す。
「これからヒカリん家に行ってくるわ。晩御飯までには戻ると思うから」
「宿題?」
「そうよぉ。なんで日本人って、もう使わない言葉を勉強するのかしら。ただ
でさえ漢字を覚えなきゃなんないってのに、まったく」
もうやってらんないわ、という顔でアスカがぼやく。僕は苦笑で答える。
「それじゃ、行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい」
「ふー」
ドアの締まる音を聞いて、僕は溜め息のような深呼吸をする。
授業が再開されてもう二週間になる。全てが終わってからは、3ヵ月が過ぎよ
うとしている。
僕たちは、人間は、生き残った。
僕は当事者だけど、最後のことは実はあんまり覚えていない。気がついたら終
わっていた、というのが正直なところだ。でも、たしかに分かっている事がある。
僕たちは、使徒に勝った。
僕には結局、この闘いが何だったのか全く分からなかった。
何故使徒は攻めてきたのか。
エヴァンゲリオンとは何か。
父さんは何をやったのか。…何がしたかったのか。
でも僕には、人間が生き残ったという事実だけで十分だった。またミサトさん
とアスカと一緒に暮らせるということが一番嬉しかった。
そう、アスカと一緒に暮らせるということが。
最初、アスカが入院しているって聞いたとき、なにか怪我をしたのか、と思っ
た。
でも、それが心の怪我、精神崩壊を起こしたためだ、と聞かされたとき、信じ
られなかった。
あのアスカが。
何事にも積極的で、怖じ気づくことのなかったアスカが。
僕のことを内罰的だって批判したアスカが。
いつも元気で明るかったアスカが。
立ち直れないくらいの心の傷を負ったなんて。
精神崩壊の原因が、第15使徒との戦闘らしい、ということも聞いた。
あのとき僕は、うずくまるアスカに当たり障りのないことしか言わなかった。
立入禁止のテープを越えることすらしなかった。
アスカは強いから、大丈夫だと思った。
でも、そんなのは僕の言い訳にすぎなかった。
僕は、アスカが寝言でお母さんを呼びながら、泣いていたことを忘れていた。
僕とキスしたあと、アスカの目尻が光っていたことを忘れていた。
第12使徒との戦闘のあとで、僕の病室の前に立っていたアスカを忘れていた。
アスカも、傷つきやすい、優しい、普通の女の子だって事を、忘れていた。
僕はそれから毎日、アスカを見舞いにいった。
傷つきやすい、優しい、普通の女の子のアスカが心配だったから。
とても、心配だったから。
アスカと会うのは辛かった。アスカは、見た目は以前と全然変わらなかった。
ただ寝ているだけ、と言われたら信じていただろう。でも、ベッドに横たわって
いるアスカは、いくら声をかけても、いくら揺さぶっても、起きなかった。
いっそ、アスカの身体が冷たければ、これほど辛くなかったのかもしれない。
でもアスカの身体は温かかった。握った手から、アスカの鼓動を感じた。
アスカは生きていた。でも、
アスカの心は、ここには無かった。
僕は毎日アスカを見舞った。暇があれば病室に顔を出した。その日のことをア
スカに聞かせた。
いつもアスカのことを考えていた。食事のときも、買い物のときも、事後処理
のためにNERVに呼び出されたときも、何をしていてもアスカのことを考えて
いた。僕にとってアスカは、もう切り離せない存在だった。
それがいわゆる「好き」というものかどうかは、分からなかった。でも、バカ
シンジと言われても、叩かれても、からかわれても、たとえ拒絶されたとしても、
アスカが居なくなるのは耐えられなかった。
僕はアスカのことを思い続けた。
変化は突然訪れた。
その日、ミサトさんから電話があった。
「シンジ君っ、アスカが、アスカが、目覚めたのよっ!」
その言葉を聞くやいなや、僕はアスカの病室へ駆けていった。
「アスカっ!」
僕はドアを開けるなり、アスカに抱きついた。主治医の先生や看護婦さんが居
たけど全然構わなかった。人に見られる恥ずかしさより、嬉しさのほうが勝った。
「ちょっと、何すんのよ!離れなさい!バカシンジ!」
そう言ってアスカは、僕を引き剥がそうとする。でも僕は、アスカが元気になっ
てうれしくて、そして、ここで離したら今度こそアスカが居なくなる気がして、
しがみついた。
「あ、ミサトっ。いい所に来たわっ。このバカなんとかしてよぉ」
病室に現れたミサトさんにアスカは助けを求める。ミサトさんは近づいてくる。
僕を離そうとすると思った。しかし、
「よかったあ、アスカぁ」
そう言うとミサトさんも、アスカに抱きついた。
「二人してなにやってんのよ!あたしは病人なのよ!バカシンジ!バカミサト!
離れなさい!離れなさいったら!」
アスカは罵詈雑言をまくしたてる。でも効かなかった。僕たちはずっと抱きつ
いていた。
結局先生にも、回復の理由は分からなかった。アスカが自力で回復したのか、
単なる偶然か、それともどこかの誰かが直してくれたのか。
だけど、そんなことはどうでもよかった。アスカが戻ってきた。その事実だけ
で僕は満足だった。
それから一週間後、アスカは退院した。
退院したアスカは以前と全く変わらなかった。見た目は。
でも、アスカは確かに以前と変わった。
アスカは人を頼るようになった。
それまでのアスカは、人の相談には乗っても、自分の相談はしなかった。
相手の悩みを聞いても、自分の悩みは話さなかった。
「そういうのは、自分の弱さを見せることになるから、嫌なの」
いつだったか、アスカはそう言った事があった。その時は、強いなと思った。
でも、それはすごく辛いことなんだ。
アスカの自信、アスカの明るさ、アスカの元気は辛さを隠すためのお面だったん
だ。
今は違う。
食事をしてるとき、テレビを見てるとき、話してるとき、アスカは自分のこと
を話すようになった。「そういえば」とか「あたしもさぁ」とか、何気なくだけ
ど、僕の知らないアスカを少しずつ見せてくれた。今まで被っていたお面を取る
かのように。
お面を取るたびにアスカは変わっていった。険しさがとれて、角が丸くなって、
表情が優しくなった。雰囲気も優しくなった。
アスカがそうなっていった事が、とても嬉しかった。
優しくなったアスカを、とても可愛いと思った。
そして、僕はアスカが好きなことに、気がついた。
「ふー」
僕はもう一度息を吐くと、ベッドに横になる。天井を見ながら思う。
最近のアスカは本当に変わった。さっきの電話だってそうだ。勉強の相談なん
て、いくら委員長が相手でも、前はしているところを見たことがなかった。
アスカは何でも一人で解決しようとした。他人の力を借りるのを、ものすごく
嫌がった。ものすごく無理をしていた。
でも今は、自分の手に負えないと分かったら、誰かに手伝ってもらう。それは
僕であったり、ミサトさんであったり、委員長であったりする。
他人の力を借りるアスカが、とても可愛い。
無理をしなくなったことが、とても嬉しい。
僕はそんなアスカが、とても好きだ。
机に目をやる。真っ白なノートが見える。
アスカに出された宿題は、僕に出された宿題でもある。
「…アスカが帰ってきたら、教えてもらおう」
今日の晩御飯はアスカの好物にして、機嫌を取ることにしよう。
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翌日 教室 3時間目
三時間目は国語の時間だ。授業自体はどうってことないんだけど、この先生は
適当に当てた生徒に宿題を答えさせる。宿題をやっていないとびくびくものだが、
今日の宿題はアスカに手伝ってもらったのでなんともない。アスカ様々だ。
ちらっとアスカのほうを見る。端末に何か書き込んでる。ふと顔を上げてこっ
ちを向く。僕と目が合った。
(にこっ)
僕は、昨日のお礼のつもりで微笑んだ。
(にこっ)
アスカも微笑み返してきた。なんか嬉しい。そしてアスカは僕の端末を指差す。
僕の端末にメール受信のアイコンが点く。アスカからのメール?なんだろう?
“今日の晩御飯、シンジが作ってくれるのよね?“
はぁ?なんだこれ?
アスカのほうを向いた。アスカは僕のほうを向いて、にこっとしている。今日
はアスカの当番のはずだろ?僕は自分の端末を指差して、「なにこれ?」の表情
をした。
“今日も宿題、でるそうよ“
再びアスカからのメール。教えてやるから晩御飯を作れ、というわけか?
ちょっとキーを強めに叩いて、返事を送る。
“昨日はたまたま。今日は自分でできるさ。だから御飯はアスカが作るの“
そう、僕だって頼ってばかりじゃないんだよ。するとアスカは黒板を指差す。
黒板には明日までの宿題の内容が書かれていた。え、そこまでが範囲なの?ちょっ
とそれは…。
“シンジ君、どうするの?“
う、くそ、仕方がない。男たるもの、諦めが肝心。わかったよ。
“何が食べたい?アスカ“
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三時間目は国語の時間。授業なんかどうせ聞いてもわかんないんだから、本当
は寝ていたいの。でも、あのおじいちゃん先生は、適当に当てた人に宿題を答え
させるもんだから、起きてなきゃなんないわ。もっとも今日のあたしは、宿題なん
て怖くない。まったくヒカリ様々だわ。
どうせ今日も宿題出るんだろうけど、またヒカリに教えてもらおーっと。昨日
も教えてもらったし、これもきっと友情よね。
ふとあたしは、昨日シンジに宿題を見せてやったことを思い出した。
そうだ…。いいこと考えた。
早速あたしはメールの準備をする。宛先はシンジ。
“今日の晩御飯、シンジが作ってくれるのよね?“
昨日のメニューはあたしの好きなものばっかりだった。まったく食べ物で釣ろ
うなんて十年早いわ。まあでも、おいしかったし、今日も作ってくれるんなら、
また宿題見せてあげてもいいわよ。
メールを送信してシンジのほうを見る。シンジもこっちを見てた。目が合った。
(にこっ)
シンジが微笑んだ。なあに? 今日も宿題見せてほしいの?
(にこっ)
いいわよ。今日も晩御飯、作ってくれるならね。
あたしはメールを見ろ、というふうに、シンジの端末を指差した。
シンジはメールを読むと、「?」という仕草をする。まったく鈍いんだから。
“今日も宿題、でるそうよ“
ほら、これでわかった?
あ、シンジからのメール。そうそう、殊勝な心掛けが大切よ。
“昨日はたまたま。今日は自分でできるさ。だから御飯はアスカが作るの“
…ほ〜。せっかく人が晩御飯だけで手を打ってやろうとしてるのに、その好意
を拒否するわけね?ふーん。
バカシンジ、黒板を見なさい。どお?あの宿題がアンタに解ける?
シンジの奴、固まってる。なんか顔も少し青いみたい。もう一押しね。
“シンジ君、どうするの?“
もう一度メールを送ってやった。最後通告よ。あきらめなさい。
“何が食べたい?アスカ“
ふふん。あたしの勝ちね。でも甘いわ。アンタはこのあたしの好意を踏みにじっ
たのよ。お風呂掃除もしてもらうからね。
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授業終了まであと10分。結局宿題は当たらなかった。せっかく準備したのに
なんか拍子抜けだ。僕は20年前に流行った、なんとかの法則というのを思い出
していた。
でも、やっておかないと当たるんだよなぁ。また今日もアスカに手伝ってもら
わないと。
ちらっとアスカのほうを向く。アスカはにやにやしながらこっちを見ている。
ああっ、まずい。あのにやにやは、何かよからぬことを考えている証拠だ。さっ
き一回断ったしなぁ。お手柔らかに頼むよ、アスカ。
「え〜それでは…」
ちょっと早いけど、きりがいいから今日は終わるようだ。なんか全然頭に入ら
なかったなぁ。
委員長が号令をかけようとする。その時、
第三新東京市の警戒サイレンが鳴り響いた。
「!」
最後の闘いが終わって3ヵ月が過ぎようとしているのに、僕の身体は瞬時に戦
闘体制になる。
だが、闘いはもう終わったんじゃないのか?使徒は全て倒したんじゃなかった
のか?
「第一種非常事態宣言が発令されました。住民の皆様は速やかに、所定のシェ
ルターに避難してください。繰り返します…」
続いてアナウンスが自動的に流れる。同時に学校の火災報知器も鳴りだした。
もう間違いない。何かが起きたんだ。
「アスカ!綾波!」
取り合えずNERVまで行こう。準備はいいかい?アスカ?綾波?
「アスカ?」
綾波は「先に行くから」と言って教室を出ていった。さあ、僕たちも…。アス
カ?
「アスカ?どうしたの?早くしないと…」
アスカの様子がおかしい。顔が強張っている。目も一点を見つめたままだ。身
じろぎもしない。
「アスカ?」
「…いや…」
え?いやって、何が?
「…やめて…」
アスカ?何を言ってるの?
「もうやめて…。あたしを、これ以上、…ヨゴサナイデ…」
!! アスカ!!
アスカは思い出している。第15使徒との戦闘を。アスカをあんな目に逢わせ
た、アスカの心に深い傷を付けた、あの悲劇を。
アスカの身体が急に緊張を失って前のめりに倒れる。僕はアスカの身体を支え
た。
「…スケテ…、…ジ…」
気を失う直前、アスカは助けを求めた。
僕はアスカを、力強く抱きしめた。
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授業終了まで後10分。結局宿題は当たらなかったわ。あーあ、なんか損した
気分。結局ヒカリも当たらなかったし、昨日はヒカリん家で遊んだほうが良かっ
たわね。
でも、やっとかないと当たるのよね、こういうのって。まったく、誰かあたし
のこと調べてんじゃないの?
ま、それでも、あたしには強〜い味方、ヒカリがついてるから、こんな宿題、
ちょいちょいで終わっちゃうわ。それにシンジは、今日の晩御飯とお風呂掃除を
やることになってるし、あー幸せ。
ふふっ、今日は何食べようかな〜。なんだかんだ言っても、シンジの御飯はお
いしいから、あたしは大好き。そうだ、久し振りにドイツ料理が食べたいなー。
シンジぃ。
シンジがこっちを向いた。なんか心配そう。安心なさい。あたしは心が広いん
だから、無理難題は振っかけないわ。
あたしは、にこっ、としてあげた。といっても、さっきからニコニコしてたん
だけど。
…なによ、その引きつった顔は…。
今日のメニューは、ドイツ料理のフルコースよっ。いいわねっ。
ワインもつけるのよっ。
「え〜それでは…」
あら、ちょっと早いけど終わっちゃうの?まあ、その分休み時間が増えるから
いいけど。
ヒカリが号令をかけようとする。その時、
第三新東京市の警戒サイレンが鳴り響いた。
「!」
このサイレンは、使徒が攻めてきたってこと?使徒が攻めて…。使徒…。
「第一種非常事態宣言が発令されました。住民の皆様は速やかに、所定のシェ
ルターに避難してください。繰り返します…」
続いてアナウンスが自動的に流れる。同時に学校の火災報知器も鳴りだした。
つんざくようなベルの音が、あたしを突き刺す。なに、この感じ…。前にもあっ
た気が…。いえ、これは思い出してはいけない記憶。心の奥底に眠らせておくは
ずの忌まわしい記憶。だめ…、忘れるのよ、アスカ…。
しかし、一度解き放たれたその記憶は、急速に鮮明なイメージとなってあたし
を襲った。
!!
(いやぁ!やめてぇ!あたしの心を覗かないでぇ!)
(あたしの心に無断で入り込まないでぇ!)
(もうやめて、やめてよぉ…。)
(あたしをこれ以上汚さないでぇ…)
助けて、誰か助けて…。
あたしは暗闇のなかを走っていた。何か分からないものに追いかけられている。
必死に走っているのに全然進まない。どんどん差が縮まる。だめ、つかまったら、
また…。
その時何かがあたしの身体に触った。捕まった!?いえ、違う。温もりを感じ
る。しっかりした支えを感じる。急に目の前が明るくなった。
誰?そこにいるのは?あなたがあたしを支えてくれたんでしょ?
その人は何もしゃべらなかった。顔もぼんやりとしか分からない。
でも、あたしには分かった。
あなたは、いつもあたしを心配してくれる人。
あなたは、いつもあたしを見守ってくれる人。
あなたは、あたしがいつも、見ている人。
たくさん走って、息が切れて、ほとんど言葉にならないけど、あたしはあなた
に、助けを求めた。
「…スケテ…、…ジ…」
その直後、暗闇は晴れた。
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保健室
アスカは眠っている。
あれから僕と委員長でアスカを保健室のベッドに寝かせた。さっきの強張った
表情はもうしていない。だいぶ落ち着いたようだ。
結局さっきのサイレンは、市の防衛システムの故障が原因らしかった。セント
ラル・コンピューターだか、配電システムだかに異状が生じたらしい。だから、
いつもは鳴らない火災報知器まで鳴ったんだな。
でも、誤報とはいえ、やっと塞がりかけたアスカの心の傷が、また開いてしまっ
たのは事実だ。
委員長は、アスカが眠ったことを確認すると、教室に戻っていったが、僕はずっ
とベッドの横で座っている。とてもアスカを一人にするなんてできない。ずっと
アスカを見つめていた。
僕はバカだ…。
アスカが退院できて、すっかり元通りになったんだと思い込んでいた。
アスカが変わったのを見て、心の問題も解決できたんだと思い込んでいた。
でも、アスカはずっと闘っていたんだ。いや、今も闘っているんだ。
アスカ。アスカが一人で闘っているのに、僕は何もしてやれないの?
アスカの心の苦しみを、僕が背負ってあげることはできないの?
アスカの辛いことや悲しいことを、僕が聞いてあげることはできないの?
僕でよければ、いくらでも背負ってあげるよ。
僕でよければ、いくらでも聞いてあげるよ。
一人で闘うのが辛いなら、僕も一緒に闘うよ。
僕の器は大きくないかもしれないけれど、精一杯受けとめるよ。
だからアスカ、もっと僕に頼ってほしい。
ピクリ
アスカの手が動いた。何かを探しているみたい。探しているのは、誰かの手?
きっと頼りにしている人の手を探しているんだ。
僕の脳裏に、背の高い、不精髭を生やした大人の人が浮かんだ。
アスカ、その人はいないんだよ。でも、このままにはしておきたくない。
アスカ、ごめんね。僕はその人じゃないけど、今の僕にはこれくらいしか出来
ないんだ。
僕はアスカの手を握りしめた。痛くないように優しく。でも、力強く。
僕の手の温もりが、アスカに伝わるように。
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あたしは一人で立っている。
ここはさっきと違う場所。暖かい光が射している。
ここには何も無いけれど、何も心配することはない。
飢えることもない、凍えることもない、襲われることも、覗かれることも。
ここには全てのものがある。無いものはない。
綺麗な服が欲しいな。
ほら、出てきた。
おいしい御飯が食べたいな。
ほら、出てきた。
遊びたいな。
ほら、出てきた。
ここには全てのものがある。無いものはない。
でも、一人はつまんないな。
あの人を出して。
ほら…、
あの人を連れてきて。
ほら…、
あの人に逢わせて。
ほら…、
どうして出てこないの?どうして連れてこれないの?
どうして、逢えないの?
綺麗な服も、おいしい御飯も、面白い遊びも、
なにもいらない。
あたしは逢いたいのよ!
あたしは自分で探すことにした。ここには全てのものがある。無いものはない。
必ず見つかる。
あたりは真っ白で、何も見えない。あたしは手探りで探す。
ここでもない、ここでもない、どこ?どこに居るの?
一人はイヤ。一人はイヤ。もう一人はイヤなの。
ねぇ、どこに居るのよぉ…。
寂しくて泣き出しそうになったあたしの手を、誰かが握った。
優しくて、力強くて、あったかい。
なあんだ、そこに居たのね。
寂しかったんだから、もう離さないでね。
あたしの、あたしがいつも、見ているあなた。
放課後
僕はずっとアスカの手を握っている。あれから何時間だろう、2時間?3時間?
腕がつかれてきたし、変な姿勢だから腰も痛い。手も汗ばんでる。
でも、手は離したくない。アスカはもっと辛いんだ、これくらいの疲れでその
辛さが少しでも和らぐなら、何時間だって握っていよう。
委員長は休み時間の度に顔を出してくれた。さっきも僕とアスカの鞄を届けて
くれた。
「アスカには碇君がついてあげたほうが、いいと思うの」
そう言って、委員長は先に帰った。ありがとう、委員長。自分も心配なのに、
僕を信じてくれて。
アスカ、委員長もこんなに心配しているよ。だから…、だから…。
「ん…」
アスカ、起きたの?
「シンジ?…」
アスカはゆっくりとこっちを向いて、僕の名前を呼んだ。僕だよ、アスカ、大
丈夫?
アスカはそのまま視線を下ろす。アスカの手を握っている僕の手を見る。
僕は慌てて手を離す。
「ああっ!ご…あ、いや、その、アスカのこと、心配で、それで…」
しどろもどろになって、言い訳にもなってない。でも、よく「ごめん」の言葉
を飲み込めたと思う。ここで「ごめん」と言うのは、何か違う気がする。
アスカは体を起こすと、俯いて、僕に握られていた手をもう片方の手で握る。
そのままお祈りをするように胸の前に持ってくる。
「シンジが、握っていたの?」
確認するような、非難するような口調で、僕に尋ねる。
「うん」
「そう…」
アスカ、怒ったかな?でも、なんて声をかけたらいいんだろう。
「…NERVへは、行かなかったの?」
「あのサイレンは誤報だったんだ。防衛システムの故障だって」
とりあえず、話の矛先が変わったことに感謝する。アスカはそのまま、何もしゃ
べらない。いつもの元気がない。
「アスカ?大丈夫?」
「え?あ、うん。大丈夫」
微笑んで、アスカは答える。でも、ほんとうに平気?元気ないよ?もっと寝か
せてあげたいけど、そろそろ学校も閉まっちゃうし…。
「アスカ、立てる?とりあえず家に帰ろうよ」
僕は立ち上がると、アスカに手を差し出す。無意識に手を差し出したことに、
自分でも驚いた。アスカもちょっと驚いているみたい。俯きながら僕の手を借り
て、立ち上がる。
うん、足元もふらついていない。大丈夫そうだね、よかった。
「さあ、帰ろう。鞄は僕が持つよ」
アスカは僕の申し出を、素直に受け取る。
僕たちは、保健室を後にした。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ん…」
あれ、ここどこ?さっきまで真っ白だったのに、今は幾何学模様が見える。ど
こかの天井?さっきのは、夢?
あたしはゆっくり横を向いた。心配そうな顔をしているのは…
「シンジ?…」
あたしのこと、心配してくれてたの…?
ふと気がつくと、片手が暖かい。なんかじっとりとしてる。あたしは視線を落
とした。あたしの手が、シンジの手に、握られてる。と、急に手が離れた。
「ああっ!ご…あ、いや、その、アスカのこと、心配で、それで…」
シンジの慌てる声。そっか、心配してくれてたんだ。あたしは体を起こす。あ
たしの手、シンジが握ってたんだ。あの、優しくて、力強くて、あったかい感じ
は、シンジのだったんだ。よかった、やっぱりシンジだったんだ。でも、そんな
に慌てて離さなくてもいいのに…。
あたしは、表情を見られないように俯くと、シンジに握られていた手をもう片
方の手で握る。そのまま胸の前に持ってくる。
「シンジが、握っていたの?」
シンジが握ってたのは、間違いない。でも、念のため。
「うん」
「そう…」
当然の答えだけど、安心した。手がじっとりしてるってことは、だいぶ長い間、
握ってくれてたのね。でも、そういえば、警戒サイレン、鳴ってなかった?
「…NERVへは、行かなかったの?」
「あのサイレンは誤報だったんだ。防衛システムの故障だって」
そう、だからずっと握ってくれてたのね。ずっと、ずっと…。
「アスカ?大丈夫?」
あたしは全然平気よ。でも、あんまり不安そうにしているから、微笑んで答え
てあげた。
「え?あ、うん。大丈夫」
シンジの顔を見ていると、なんだか落ち着く。そのせいか、あたしの言葉も柔
らかい。
「アスカ、立てる?とりあえず家に帰ろうよ」
シンジはそう言って立ち上がると、あたしの方へ手を差し出した。え?手を借
りろっていうこと?
なんか顔が熱くなってきた。恥ずかしくて、俯きながら手を借りる。
ベッドの脇にあたしとシンジの鞄がある。持ってきてくれたの?
「さあ、帰ろう。鞄は僕が持つよ」
今日のシンジ、すごく優しい。それじゃ、お言葉に甘えて…。
今日のあたし、すこし素直。
そしてあたし達は、部屋を出た。
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ミサトさんのマンション、僕たちの家
僕はいま、リビングに布団を敷いている。アスカが
「夜景が綺麗だから寝ながら見たい」って言ったからだ。布団は二人分。僕と
アスカのだ。僕も付き合わせるつもりらしい。
ミサトさんは今日は帰ってこない。防衛システムのチェックで徹夜だって、留
守電に入ってた。
「布団敷けたー?」
アスカが風呂場から、小走りにやってくる。いま入ったのに、もう出たの?
「うん、終わったよ」
「じゃ、今日はさっさと寝ちゃいましょ」
アスカは布団にもぐり込む。え?まだ9時だよ?それに、
「僕、お風呂入ってない」
「いいじゃない、一日くらい入らなくても。男でしょ。細かいことは気にしな
い」
まあ、別にいいけどさ。
「ほら、さっさと寝る寝る!」
なんか、強引だね、アスカ。でも、元気になったからいいか。
僕も布団に入る。こうやって寝るの、ユニゾンの練習以来だな。
とりあえず、アスカには背中を向ける。
「…おやすみ、シンジ」
あれ、夜景は見ないの?まぁいいか。
「うん、おやすみ、アスカ」
いくらお子様と言われる僕でも、さすがにこんな時間からは眠れない。帰って
からの事を振り返ってみる。
とはいえ、いつもと同じだ。僕が御飯を作って、お風呂の掃除をして。でも、
そういえば、アスカはいつもと違ったな。
アスカはさっきまで、ずっと制服だった。いつもはすぐに着替えていたのに、
今日はずっとリビングにいた。
僕がお風呂の掃除をするときも、
「さぼんないように、見張ってるわ」
って言って、僕と一緒にお風呂場にいた。そんなに信用ないのかな、僕って。
今日のアスカはずっと僕の目の届く範囲にいた。僕がアスカの方を向くと、必
ず目が合った。ずっと僕の方を見てたってこと?
今日のアスカはずっと僕についてきた。お風呂の掃除の時はお風呂場に、御飯
作ってる時は食堂に。
まるで、一人になりたくなかったみたいに…。一人になりたくない!?
何で気付かなかったんだ!
アスカは一人になりたくないんだ。一人でいるのが怖いんだ。
だから、着替えないでずっとリビングにいたんだ。
お風呂の掃除も、見張るって言って、ついてきたんだ。
リビングで一緒に寝ようなんて、言いだしたんだ。夜景が綺麗だからなんて言っ
て。
また僕は思い込んでいた。元気になったから、もう大丈夫だって。
また僕は忘れていた。アスカは、傷つきやすい、優しい、普通の女の子だって
事を。
前は何もしなかった。
今はそんなことはしない!
「アスカ、まだ起きてる?」
僕はアスカに声をかけた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あたしは今、シンジの背中を見てる。
シンジと隣合わせの布団のなかで。
あたしはすごく怖がってる。学校を出てからずっとだ。
学校を出るまでは平気だったのに、出た途端、急に怖くなった。
帰り道、何度シンジの手を握ろうとしたか分からない。でも、できなかった。
シンジが驚いて手を振りほどいたら、って考えたら、握るのが怖かった。
だから、ずっとシンジを見ていた。
怖がっている理由は分かっている。あのサイレンだ。あれで、記憶が蘇った。
それでも、手を握られていたから、シンジが手を握ってくれていたから、耐え
られた。
でもあれから、握ってくれない。
だから、ずっとシンジを見ていた。
家についてからも、ずっと見ていた。
着替えるために、部屋に行くのも怖かった。だから着替えなかった。
シンジがお風呂の掃除で、あたしが一人で残されるのが怖かった。だから見張
るって言って、ついていった。
シンジが行くところは、どこでもついていった。
一人で寝るのが怖かった。だから夜景を見ると言って、隣合わせに布団を敷か
せた。
さすがにお風呂は仕方ないけど、それでも軽く汗を流すだけで出てきた。身体
を拭いていたら、急に心細くなって、お風呂場から走ってきた。
まだ9時なのに布団に入ったのも、シンジをどこにも行かせたくなかったから。
一緒に居て。あたしを一人にしないで。
シンジが手を握ってくれてたこと、すごく嬉しかったんだよ。だからまた、握っ
てほしい。ううん、こっちを向いてくれるだけでいい。シンジ…。
「アスカ、まだ起きてる?」
! 気付いてくれたの?あたしの気持ちに…。
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「アスカ、まだ起きてる?」
ひょっとしたら、もう寝ちゃった?
「うん、起きてる…」
よかった、まだ間に合う。
「あの、そっち向いても、いい?」
一応聞いてみる。でも、嫌だっていっても、向くよ。
「…ウン…」
微かに聞こえたのは肯定の返事。僕はゆっくり振り向いた。
アスカと目が合った。アスカはじっと見つめている。アスカの身体、震えてる?
こんな時、何か声をかけた方がいいんだろうか。
(眠れない?)
いや、違う。
(今日は、大変だったね)
バカ、こんなことを言ったら、傷つけるだけだろ。
いろんな台詞が浮かんでくるけど、どれも違うように思えた。僕が言いたいの
はそんなことじゃない。
見つめ合ったまま、時間だけが過ぎていく。その時、アスカの目から、ぽろっ
と涙がこぼれた。
アスカ!!
アスカ、怖いんだね。僕がそばにいてあげるよ。
アスカ、寂しいんだね。僕がそばにいてあげるよ。
アスカ、辛いんだね。僕がそばにいてあげるよ。
アスカ、僕がそばに居るよ。僕なんかじゃ嫌かもしれない。でも、僕に居させ
てほしい。僕がそばに居たいんだ。
気がつくと、僕はアスカの肩に手を伸ばしてた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「アスカ、まだ起きてる?」
!気付いてくれたの?あたしの気持ちに…。
「うん、起きてる…」
だって、目を閉じるのが、怖いから。
「あの、そっち向いても、いい?」
あたしの気持ちに、気付いてくれたのね。
「…ウン…」
あたしは胸が一杯になって、こう答えるので精一杯。
シンジがゆっくり振り返る。シンジの目が、あたしの目を、じっと見つめる。
シンジの目。あたしと違う、黒い瞳。その瞳があたしの瞳を射抜く。まるで、
心を覗かれるよう。
使徒に覗かれたときは、辛かった。痛かった。苦しかった。
でも、シンジなら、平気。
違う、シンジに覗いてほしい。見てほしい。あたしの心の奥にある、寂しい気
持ちを。悲しい気持ちを。そして、
シンジ、気がついて、あたしの気持ちに…。
シンジもあたしも何もしゃべらない。でも、構わない。言葉なんて要らない。
シンジがあたしを見てくれているだけでいい。
すると、急に何かがこみ上げてきて、ぽろっと涙がこぼれた。
バカ、なに泣いてるのよ。シンジが心配しちゃうじゃない。
違うのよ、怖いんじゃない。
違うのよ、寂しいんじゃない。
違うのよ、辛いんじゃない。
あたしはすごく、うれしいの。
気がつくと、あたしの肩が温かかった。
シンジが、あたしの肩に、手を伸ばしてた。
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どうしよう、思わず手を伸ばしちゃったけど…。
僕は手を伸ばしたまま固まっていた。これからどうする?
手を引っ込める?そんなことはしたくない。しちゃいけないと思う。
このまま抱き寄せる?そんなことしていいのか?
結局そのままでいることにした。
すると、アスカが突然、泣きだした。
アスカの嗚咽が、僕の心に突き刺さる。もう迷わない!
僕は、自分の意思で、アスカを抱き寄せた。
僕の胸にしがみついて、アスカは泣きつづける。
腕に力を込めて、アスカを抱きしめた。
アスカはだいぶ泣き止んできた。どう?落ち着いた?
僕の胸に顔を埋めながら、アスカはぽつりと喋りだした。
「あたしね、サイレンが聞こえたとき、思い出したの。使徒に心を覗かれたこ
と」
僕は何も言わず、抱き続ける。
「それでね、夢を見たの。何かに追いかけられてた」
アスカ、辛いなら、もう喋らなくても…。
「その時ね、助けてくれた人がいたの」
…それが、加持さん、だったんだね。
「それが、シンジだったのよ」
え…。
アスカは顔をあげた。僕の顔を下から見上げて、言った。
「シンジだったのよ」
そう言うと、アスカはまた俯いた。そして、小さく言った。
「ありがと、シンジ、助けてくれて。ウレシカッタ…」
そして、ほーっと息を吐きだす。
僕は嬉しかった。アスカが僕を頼ってくれたことが。
涙が出そうになった。でも、ぐっと堪えた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
シンジは手を伸ばしたまま固まってる。
あたしはシンジがこっちを向いてくれて、うれしかった。
肩に感じるシンジの温かさが、うれしかった。
でも。
あたしとシンジの間には、まだすき間がある。
シンジは確かにあたしの肩に触れている。
でも、シンジを遠くに感じる。
目の前のシンジが、急に幻のように思えてきた。
あの時あたしを支えてくれたのは、あたしの気のせい?
あの時あたしの手を握ってくれたのは、あたしの思い違い?
どんどん悲しくなって、あたしはとうとう泣きだした。
すると。
シンジがあたしを、抱き寄せた。
シンジ!
気のせいなんかじゃない。シンジはここに居る。
思い違いなんかじゃない。シンジはそばに居る。
シンジ、シンジ、シンジぃ。
あたしはシンジの胸にしがみついて、泣きつづけた。
…ありがと、シンジ。だいぶ落ち着いたわ。
そういえばあたし、ぜんぜんお礼、言ってないね。
今までは、人に、ありがとうなんて、言ったことなかった。
でも、今は、言いたい。聞いてほしい。
「あたしね、サイレンが聞こえたとき、思い出したの。使徒に心を覗かれたこ
と」
シンジはあたしを抱きながら、じっと聞いてくれている。
「それでね、夢を見たの。何かに追いかけられてた」
シンジは何も言わない。でも、その方がいい。ここで声をかけられたら、たぶん、
続きを話せなくなる。
「その時ね、助けてくれた人がいたの」
そう、助けてくれた人がいたの。それが、
「それが、シンジだったのよ」
こういうのって、シンジの目を見て、言いたいな。
あたしは、シンジの顔を見上げて、言った。
「シンジだったのよ」
言っちゃった…。急に恥ずかしくなって、また俯いた。
ちょっと恥ずかしいけど、でも、いまなら言える。
「ありがと、シンジ、助けてくれて。ウレシカッタ…」
よかった。ちゃんと言えた…。
あたしはほっとして、ゆっくり息を吐きだした。
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アスカが僕を頼ってくれている。
こんな僕でもアスカの力になれる。
僕は、腕のなかのアスカが、とても愛しく思えた。アスカを護りたい。ずっと。
「ね、シンジ…。このまま、眠っていい?」
「うん、いいよ」
僕は頷く。でも…。
僕とアスカは向かい合っている。
二人とも身体を曲げてるから、触れ合っているのはアスカの腕と僕の胸くらい。
アスカを護りたい。僕をもっと感じてほしい。アスカをもっと感じたい。
だから。
「アスカ、そのまま動かないでね」
そう言うと僕は、アスカをまたいで背中に廻った。アスカの背中に僕の身体を
合わせる。
片手はアスカの腕枕に、もう片方は、胸や腰に触らないように気をつけながら、
アスカのお腹に。
僕は後ろから、アスカを抱く恰好になった。
我ながら大胆なことをしていると思う。でも、今はこうしていたい。少しでも
多く、アスカと触れ合っていたい。
僕の身体全体で、アスカを護りたい。
僕の太ももに、アスカのお尻の感触。
でも、膨張、は、しない。
アスカをそんな対象じゃなくて、一人の護りたい人、として見ている自分を、
誇らしく思う。
今の僕は、少し大人に思える。
しばらくして、アスカが声をかけてきた。
「おやすみ、シンジ…」
「うん、おやすみ、アスカ」
でも僕は、まだ目を閉じない。
アスカが眠るまで、見守っていよう。
やがて、アスカの寝息が聞こえてきた。
可愛らしい寝息を聞きながら、僕も眠りについた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
シンジにちゃんと、お礼を言えた。
ほっとしたら、眠たくなってきた。
さっきまでは、目を閉じるのが、眠るのが、怖かった。
でも、今は平気。シンジを感じているから。
「ね、シンジ…。このまま、眠っていい?」
「うん、いいよ」
おやすみ、シンジ…。あたしは目を閉じようとした。すると、
「アスカ、そのまま動かないでね」
え?うん。
シンジ、起き上がろうとしてる?トイレ?
え?あたしをまたいで…背中に廻って…。
え?ええっ?
あたしの背中に身体を合わせた!
片腕をあたしの頭の下に、もう片方の手を…、
あたしのお腹に!
あたしは、シンジに、背中から、抱かれてる!
い、いきなり何てこと、すんのよぉ。
バカ、バカ、恥ずかしいじゃない。
でも、顔から火が出るほど、恥ずかしいけど、
心臓がドキドキいってるけど、
うれしい。
背中にシンジの温かさを感じる。
お腹にシンジの温もりを感じる。
あたしは、シンジに、包まれてる。
シンジの温かさに、優しさに、包まれてる。
心臓は相変わらずドキドキいってる。
やだ、シンジに気付かれてないかな?
だけど、心臓はドキドキいってるけど、顔は火照ってるけど、
とても落ち着く。とても、気持ちいい。とても。
突然のことで眠気が吹き飛んだけど、また、眠たくなってきた。
今度こそ、安心して眠れそう。
「おやすみ、シンジ…」
「うん、おやすみ、アスカ」
シンジに包まれて、あたしは眠りに落ちた。
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エピローグ
ん…、まぶし…、朝…?
「おはよう、目が覚めた?アスカ」
あれ、シンジの声が背中から聞こえる。あ、そうか、シンジに後ろから抱かれ
て寝たんだっけ。
「うん、おはよ」
そのまま床に目をやる。?。光の位置、なんかいつもと違う。
「ねえシンジ、いま何時?」
あたしの位置からは、リビングの時計は見えない。
「今…、10時ちょっと過ぎだよ」
あ、だから違ってみえたのね、って、え?
「10時!?」
あたしは飛び起きた。シンジの方を振り返る。
「ちょっとシンジっ、遅刻じゃない!」
ああっ、大遅刻。絶対一時間目には間に合わない。それなのにシンジは、ゆっ
くりと体を起こして言った。
「何言ってんの、アスカ。今日は休みだよ」
え?今日は平日よ。臨時休校でもないわよ。アンタこそ、何言ってんのよ。
「今日は休みだよ、そうなっているんだ」
シンジは微笑みながら言った。…嘘ね。
だけど、うれしい。あたしを起こさないで、学校までサボって、付き合ってく
れて。
あたしはシンジに、もたれかかった。
「へたな嘘。でも…、騙されてあげる」
そう、今日はお休み。
シンジの胸に顔をくっつけて、息を吸い込む。ちょっと汗くさい。昨日、お風
呂に入れさせてあげなかったからね。
でも、こっちの方が、シンジの匂いって気がする。そのまま何回か、息を吸い
込む。
シンジの匂い…。
なんか、幸せ。
あたしは、シンジにもたれかかって、シンジはあたしを支えて、
あたしたちは、暫くそうしていた。
すると、
ぐぅ〜〜
?、何、今の?シンジのお腹?
「お腹、すいちゃった…」
シンジは照れながらそう言った。
ムードのかけらもないわね。
でも、こっちの方がシンジらしい。あたしの、…好きな、シンジ。
だから、あたしも、
「あたしもお腹、すいちゃった。御飯、作ってほしいな」
そう言って、にこっとした。
「うん、トーストと卵になるけど、いい?」
あたしはうん、と頷く。
でも、シンジは動かない。どうしたの?
「あの、アスカ。大丈夫?その…僕…、離れるけど…」
どこまでもあたしのこと、心配してくれるのね、シンジ。
「大丈夫よ」
だって、シンジが、いてくれるから…。
シンジが、いつも、見てくれるから…。
シンジの優しさに、包まれたから…。
「あたし、お風呂入ってくる。御飯、よろしくね」
大丈夫なことをみせるために、あたしは立ち上がった。
「うん、わかった。おいしいの作るよ」
シンジも立ち上がる。何も言わなくても分かってくれた。
分かりあえる。そんな充実感で一杯になる。
シンジはキッチンに、あたしはお風呂場に、それぞれ向かった。
大丈夫。もう怖くない。全然怖くない。
リビングを出る直前、あたしは振り返った。
キッチンに立つ、シンジの後ろ姿が見える。
その後ろ姿に、あたしは呟く。
「シンジ、ありがとう。…大好き」
(終わり)
FJTの感想
LD・ビデオ(Genesis 0:11)発売記念にMORITAさんにいただきました!
LD・ビデオを見た後にこの作品を読みますとなんと心の洗われることか(^^)
実はこの作品LD・ビデオ発売以前に書かれたものなんですけど、ここまでぴったしなものはありません!
某所で私に大きな影響を与えてくれた作品なんですが、それをいただけるとは光栄です!
MORITAさんへ感想メールはCXZ00212@nifty.ne.jpまで
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