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             【SS】ATフィールド
             第6話「LCLの海で」
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 自我境界を失ったLCLの海。

 肉体を失い人々はLCLとなったが、人の意識は今はまだ完全に溶け合ったわけ
ではなかった。それは水を満たしたコップに角砂糖を投げ込んでもすぐには全部溶
けずに徐々に溶け込んでいくようなものである。

 人はその自分が広がっていくような言い知れぬ快楽を感じていた。

 最初、意識の表面の部分が溶け広がっていく。それは、楽しい記憶であったり、
誰かを愛しいと思う気持ちであったりした。また、自分の中にそのような感情が流
れ込んでくる。伝えたくても伝えることの出来なかった気持ちが伝わっていく。知
りたくても知ることのできなかった気持ちを知ることができた。
それはまるで自分が広がっていくような気分であった。
人はそのことに純粋に喜び、まどろみのような快楽に身をゆだねていた。

 しかし、喜びと快楽は長くは続いていかなかった。

 コップの中の角砂糖は徐々にとけ、その形を崩していくものである。

 次に、記憶の自分の中に秘めておきたいこと、秘密にしたいこと、隠しておきた
い事が溶け出していく。同時に知りたくなかったこと、知ってはならないことなど
が流れ込んでくる。人は苦悩している。

 流れ込んでくるイメージの中に他人が自分をどのように思っているのか流れ込ん
できた。実際自分で思っている自分と他人の思っている自分のギャップに戸惑う。
自分の知っている他人のイメージと、その本人のイメージの違い、自分の知らな
かった他人の闇の部分が流れ込む。自分の闇の部分が流れ出す。
更に自分が知らない人の記憶まで流れ込んでくる。『壁』を持たないLCLの中、
流れ込む膨大なイメージと溶け出す自分を押さえることが出来なかった。

 コップの中の角砂糖は、形を失い目には見えなくなっていく。

 最後に自分が溶けていく。自分が消えていこうとしていた。
人は恐れた。もはや自分は誰なのか分からなくなっていく。
それでも人は思った。自分は自分なのだと。自分を失わないように自分をイメージ
していく。
そして『壁』が自分と他人とを分け隔て、だからこそお互い触れ合うことができる
のだということを。ぬくもりを感じるのだということを。
自分と他人とをわける『壁』を築き上げていく。

 『ATフィールド』


 それは巨大綾波と弐号機の残骸が消えた頃のこと。そしてLCLの海に変化がお
きる。


第7話「再会」へ続く

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